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メディア研究
6 テーマ
- メディア効果論
画面の前での自分と画面のない場所での自分
「画面の前での自分と画面のない場所での自分」とは、スマートフォンやPCの画面に向かっているときの自分と、画面から離れた日常の自分との間に生じる違いや連続性を問い直すものです。メディア効果論では、画面越しの自己呈示(プロフィール写真、投稿、リアクション)が、実際の自己概念や行動にど…
- VTuber
推しのVTuberが卒業したとき何を失うか
推しのVTuberが「卒業」するとき、視聴者は何を失うのでしょうか。キャラクターの「死」、関係性の終わり、コミュニティの喪失、または自分自身の一部のようなものか。この問いは、 parasocialな愛着がどれほど深く、卒業がどれほど痛みを伴うかを問い直します。卒業は単なる「引退」…
- VTuberのアイデンティティと匿名性
「中の人などいない」という言葉の意味
「中の人などいない」という言葉は、VTuber文化において最も象徴的なフレーズの一つです。これは、配信されているキャラクター(アバター)が「本物の存在」であり、その裏にいるリアルな人間(中の人)は、視聴者にとって意味を持たない、あるいは積極的に無視されるべきであるという宣言です。…
- デジタル考古学
フォーマットが変わるたびに失われるものとは
「フォーマットが変わるたびに失われるものとは」という問いは、技術の進化に伴う「変換」の代償を問うものです。フロッピーディスクからCDへ、HTML 1.0からHTML5へ、JPEGからWebPへ——データは新しい形式に移行するたびに、何らかの情報や質感、体験が失われます。画質の劣化…
- ネットスラングとインターネット・ミーム
ミームは思想を運ぶことができるか
ミームは、インターネット上で急速に広がる画像・動画・テキストの組み合わせで、笑いや共感を呼ぶものです。しかし、単なる娯楽ではなく、特定の思想や価値観を巧みに運び、拡散する力を持っていることがあります。政治的なミーム、ジェンダーに関するミーム、社会運動を象徴するミームなど、笑いの裏…
- VTuber応援と自己充足・自己投影
応援することで自分も何かが満たされているか
この問いは、VTuberを応援する行為(視聴・スパチャ・グッズ購入・ファン活動など)を通じて、自分自身の中に何が満たされているのかを深く探求するものです。単なる『推し活』や『消費』として片づけるのではなく、応援することで得られる『自己充足感』『自己投影の快楽』『存在意義の確認』『…